イベント「能とオペラ-「松風」をめぐって-」

2018.1.10水 14:00~ 国立能楽堂

第1部 能「松風」実演(舞囃子形式)

シテ 松風:観世銕之丞、ツレ 村雨:谷本健吾

笛:栗林祐輔、小鼓:田邉恭資、大鼓:大倉慶乃助、地謡:馬野正基・浅見恭一・長山桂三

解説:宮本圭造

第2部 座談会

観世銕之丞能楽師)、細川俊夫(作曲家)、柿木伸之(哲学・美学研究者)

司会進行:宮本圭造能楽研究者)

オペラ「松風」日本初演記念の無料イベント。新国立劇場アトレ会員での応募は外れ、あぜくら会で当選。

第1部は舞囃子形式(面・衣裳をつけない)での能「松風」ハイライトシーン実演。前シテの汐を汲むシーン(いざいざ汐を汲まんとて~)と、後シテのラストシーン(うたての人の言ひ事や 以降)を見せてくれた。銕之丞さんの運びは静かで美しい。抑制された動きなのに、気がつくと橋掛りまですっと移動していたり、と、時間が伸び縮みしているような不思議な感覚があった。

以下、宮本さんの解説で気になったキーワード。

能の登場人物の半分以上が異界の者/松風は他の能より詞章を流用している。汐汲みの段ももともとはなかった。鳴尾浜を舞台にした能より詞章を流用したため、松風にも「鳴尾の浜の汐くみに」という言葉が残り、須磨を舞台にした松風と矛盾が生じている。オペラにもパスティーシュ・オペラという、いろんな作品からの援用をまとめてつくるものがある/能はもともと野外舞台。自然の音を聴きながら観ることができた。松風の舞台でもずっと風を感じて見ていたはず。

後半の座談会で気になったところを。だれの発言かはちょっと曖昧。

ヨーロッパの音楽シーンでも能の評価は高い。その能から何か新しい音楽をつくりたかった。それは模倣ではなく、まったく違う形で作品化したかった。「松風」はモネ劇場からの委託作品。この舞台世界の後ろでずっと流れている海の音、風の音というのは、自然を大切にする細川さんの音楽観に通じる。細川さんのオペラにおける「コロス」は、最初は息のみで風の音を表している。松=行平、風=行平にまとわりつく女性。からみつく交合の象徴でもある。

橋掛かりは夢のトンネル。橋掛かりを通って、あの世からこの世に、哀しみをもった女性がやってくる。過去を語り、囚われた過去への妄執から開放され、あの世へと戻っていく。劇場に行くのは心の囚われから開放されるためでもあるので、そこは通じるものがあるかもしれない。松風、村雨は、2人のシャーマン。シャーマニズムは音楽の根源では? 音楽的にもふたりの声が興味深い。能の200年後くらいに成立したオペラは、近代の人間の劇である。死者が現れるのが能の基本だが、オペラにとって死者が出てくるのは元々の要素ではない。

能とは、謡(音楽)と身体が高いレベルで一体化している芸術。空間的な身体表現が緊密。いかにもな歌い方をするステレオタイプなオペラは、細川さん的には耐えられない。自分のオペラでは絶対それをやめてもらっている。サーシャ・ヴァルツは、能の洗練された様式化をオペラに取り入れるのは難しい、まったく違うものにしたいと言っていた。

松風の詞章には、意味の重層性が多い。2人の女が何を待っている、が、来ない。ベケットの「ゴドーを待ちながら」と構造が似ている。前半に状況の提示があり、後半はそこから出ていく。自分たちの中から彼の幻影を創り出してしまう。

姉は情熱的。妹は冷めているけれど、中に熱い思いがある。細川さんの作曲理論の中には陰陽があるが、松風も1人の女性の中の陰陽を考えて作曲した。

塩田千春さんの舞台装置、網=囚われ、と、細川さんは感じている。海外における死者は墓場から甦ってくるイメージだが、この舞台では上から降りてくる。

銕之丞さんが松風をひらいたのは、観世寿夫さんが亡くなった当日だったそう。

最後に、舞台を観る方へのメッセージ。

【銕之丞さん】わかりやすく、とは心がけているが、あまりわかりやすくすると能の良さが失われてしまう。わからなかった、でも、○○が好き、という気持ちを持って帰ってもらい、なぜわからなかったかについて考えてほしい。

【細川さん】シンフォニーや室内楽はだいたい想像の通りの出来上がりだが、オペラはみんなの共同作業からとんでもないものが生まれる。それが面白い。現代オペラでは作曲家は大切にされていない。班女の初演時、演出にコメントしようとしたら、ケースマイケルに「Compser is dead」と言われた(笑)。黙ってろ、ということですね。あらゆる演出に耐えられる強度のある音楽をつくっていきたい。

国立能楽堂資料展示室では企画展「能の作り物」を3月25日まで開催中。松風の汐汲車などの実物も展示されている。演能のたび作られ、終演後は解体される作り物だから、まとめて見られるのが面白い。展示されている江戸時代の小道具図類は精密に描かれていて彩色も美しく見ごたえがあった。

企画展 「能の作リ物」 | 独立行政法人 日本芸術文化振興会