「近松心中物語]

2018/1/18木 18:30~ 新国立劇場 中劇場 
作:秋元松代 
演出:いのうえひでのり 
美術:松井るみ 
振付:尾上菊之丞 
衣裳:宮本宣子 
出演 
亀屋忠兵衛:堤真一、遊女梅川:宮沢りえ、傘屋与兵衛:池田成志、お亀:小池栄子丹波屋八右衛門:市川猿弥亀屋後家妙閑:立石涼子槌屋平三郎:小野武彦、傘屋お今:銀粉蝶  他 

上演時間2時間30分(1幕64分 休憩15分 2幕68分)

秋元松代原作、蜷川幸雄演出『近松心中物語』といえば、1979年の初演以来、再演のたびに話題を呼んできたいわば「現代演劇の伝説」。1000回を超える上演記録があるというのに、残念ながらそのどれをも観たことがなく。。。2017年に久々の再演を予定されていたのでとても楽しみにしていたのだが、蜷川さんの死により中止に。今回、蜷川さんの「いのうえの近松が見たい・・・」という言葉に応え、劇団☆新幹線のいのうえひでのりが新演出に挑んだという。

秋元さんによる戯曲は、近松の「冥途の飛脚」という有名浄瑠璃と「ひぢりめん卯月の紅葉」「後追心中卯月のいろあげ」というマイナーな作品を合わせてひとつ仕立て上げたもの。「冥途の飛脚」は文楽で何度か観たことがあり、近松名作集でも読んでいたのだが、あとの二つはまったく知らなかった。だが、今回はじめて観劇し、「冥途の飛脚」の美男美女主人公、梅川・忠兵衛だけでなく、へたれな与兵衛とミーハーなお亀という「ひぢりめん~」「後追心中~」の主人公たちが加わったことで、この作品が現代の私たちでも感情移入できるものになったのだとよくわかった。

冒頭、印象的だったのは高く組まれた格子につけられた大量の真っ赤な風車。一瞬曼珠沙華かと思ったくらいの濃い赤。それらが回る乾いた音が聞こえてくる。舞台奥から役者たちが続々と現れ、舞台はいきなり江戸時代の大坂、新町の廓の大通りになる。骨組みだけでつくられた2階家が置かれ、それを回転させることで、遊女屋槌屋になったり、飛脚屋亀屋、道具商傘屋になったり。

堤真一の忠兵衛は想像していた以上に意地っ張りで癇性な雰囲気。宮沢りえの梅川はひたすら美しい。濃厚な色気には欠けるが、抱きしめると折れそうな、触れたら消えていきそうなはかなさがあり、自ら不幸を呼び寄せているような。予想通りよかったのが、小池栄子のお亀。恋に恋する女の子でミーハーで、でもひたすらに与兵衛のことを想っている。池田成志の与兵衛も自らが小人であることを悟っていて、それなのに店の金に手をつけてしまうという破綻ぶりが納得できる人物造形。それほど芝居を観ているわけではないが、小池栄子にがっかりしたことは一度もない。「髑髏城~」の地獄太夫もよかったし、昨年観た「子供の事情」でも初三谷作品ながらいい味を出していた。脇ではお亀の母、与兵衛に取っては姑の銀粉蝶が存在感大。商才のない夫を支えて店を切り盛りしてきた商売人ながら娘を溺愛し、娘の懇願で与兵衛を聟に迎え、そのダメっぷりに溜息をつきつつも、実はけっこう与兵衛のことも思っている。でも、店のためには与兵衛を切り捨てる思い切りもある。

第1幕の大詰めは「冥途の飛脚」でいう封印切り。梅川が身請けされると聞き、イキオイで公金に手をつけてしまった忠兵衛。追い詰められ、手に手を取って廓を逃れる道行きシーンの美しさ。ふたりは客席の通路を抜けて落ちていく。それに比べ、第2幕冒頭、お亀と与兵衛の心中シーンにはある種のリアル感が。歌舞伎のように浪幕を使い川を表現する古典的な演出なのに、繰り広げられるのは、ついうっかりお亀を刺してしまった与兵衛が、川に落ちた彼女を追って飛び込むが結局助けられてしまうという、なんともとほほな顛末。

そして今回の芝居で一番美しかった、平群谷付近の場へ。「冥途の飛脚」でいうなら新口村。舞台一面が白い布で覆われ、その雪景色のなか、新国立の中劇場ならではの深い奥行きから梅川・忠兵衛がよろめきながら歩いてくる。互いを想い合うふたりの哀しさに思わず涙。そして、乞食僧姿となった与兵衛がお亀の幻聴に追われるシーンもまた、人間の業の深さを感じさせて感動的だった。