新国立劇場オペラ「アイーダ」

2018/4/5木 18:00開演 新国立劇場 オペラハウス

作:ジュゼッペ・ヴェルディ

指揮:パオロ・カリニャーニ

演出・美術・衣裳:フランコ・ゼッフィレッリ

出演:

アイーダ:イム・セギョン、ラダメス:ナジミディン・マヴリャーノフ、アムネリス:エカテリーナ・セメンチュク、アモナズロ:上江隼人、ランフィス:妻屋秀和、エジプト国王:久保田真澄、伝令:村上敏明、伝令:小林由佳

合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団

バレエ:東京シティバレエ団

児童バレエ:ティアラこうとう・ジュニアバレエ団

全4幕<イタリア語上演/字幕付き> 上演時間3時間50分(休憩3回)

 新国離劇場 開場20周年記念特別公演。1998年新国立初演のプロダクション。以来、2003、2008、2013と5年ごとに再演し、今回が5回目。「アイーダ」のある年はセット券の売れゆきがいいという、新国立にとってはドル箱な演目。上演記録を見ると1998年は、マリア・グレギーナのアイーダ、ホセ・クーラのラダメスという顔合わせだったのだからすごい。

幕が上がると、いかにも砂漠らしい強い光に照らされた宮殿が現れる。実は舞台装置そのものに影をペイントして光の強さをより強調しているそう。全幕通じて舞台前面には紗幕が下ろされ、紗幕越しに見ることで舞台が一枚の絵のように感じられるという工夫が。2幕凱旋の場は、2階建てにした舞台を埋め尽くす、総勢300名を超える出演者。馬が2頭も登場し、人が舞台からこぼれ落ちそうなほど。ゼフィレッリらしい豪華絢爛な舞台。4幕2場、アムネリスが祈る神殿がせり上がり、舞台下からアイーダとラダメスが閉じ込められた石室が現れ、最後は再び地下へと消えていく。オペラパレスの舞台機構を上手く使った演出も、さすが巨匠。

舞台の豪華さに目が眩み・・・

このプロダクションを観るのは初めて。なので、その豪華さに目を奪われ、1幕、2幕と音楽に集中できなかった。せっかくのカリニャーニのタクトなのに。。。オケと歌手たちに目が行くようになったのは、ようやく第3幕、ナイル河畔の神殿の場から。

アイーダのイム・セギョン、小柄ながら声量があり、力強い。けど、なんだか心が動かされない。ラダメスが心惹かれる理由、愛らしさとか清楚さとか、イム・セギョンの声と演技にはそんな”守ってあげたい”感がなかったからかな。いっそアムネリスのほうが合う気がする。ラダメスのナジミディン・マヴリャーノフはオペラ歌手としてはしゅっとした体型で声もしっかりしているのだが、主役の華やかさに欠けるような。。。勝利を得て戻った若き将軍の高揚感みたいなものが欲しかった。アムネリスのエカテリーナ・セメンチュクはエジプトの王女らしい高貴さ、アイーダを見下す感じがとてもよかった。そんなプライドの高い彼女が4幕、ラダメスへの思いに煩悶するモノローグについ感情移入。まあ、このストーリー自体、女性はどうしてもアムネリスに肩入れしてしまうと思うんですよね。アイーダに感情移入するのはなかなか難しい。。。

カリニャーニの指揮は東フィルをよく鳴らしていて、新国立劇場合唱団はいつも通り素晴らしい。満足度の高い公演だったが、さて5年後もこのプロダクションを再演するのか、そろそろ新制作となるか? これほど豪華な舞台を新制作するのは困難だと思うので、できれば再演でお願いしたいのですが。

新国立劇場オペラ「愛の妙薬」

2018/3/14水 19:00開演 新国立劇場オペラハウス

作曲:ガエターノ・ドニゼッティ

指揮:フレデリック・シャスラン

演出:チェーザレ・リエヴィ

美術:ルイジ・ペーレゴ

衣裳:マリーナ・ルクサルド

出演:

アディーナ:ルクレツィア・ドレイ、ネモリーノ:サイミール・ピルグ、ベルコーレ:大沼徹、ドゥルカマーラ:レナート・ジローラミ、ジャンネッタ:吉原圭子

合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団

全2幕<イタリア語上演、字幕付き>

上演時間約2時間35分(休憩含む)

パヴァロッティの後継者」と言われるライジングスター、サイミール・ピルグを聴きたくて、急遽行ってみた。

村一番の美女アディーナと、彼女に憧れる純朴なで不器用な青年ネモリーノ。彼女を振り向かせるため、ネモリーノはペテン師ドゥルカマーラから偽の惚れ薬を手に入れる(中身は単なる酒)。遺産が転がり込むことになり、いきなりモテはじめるネモリーノだが、彼はそれが惚れ薬のせいだと思い込み…。

という恋愛ドタバタ喜劇。新国立のこのプロダクションは2010年初演、2013年再演で、今回が3度目(私は初見)。ホールに入ると、まずアルファベットを全面に配した紗幕が下がっていて、開演前からうきうきした気持ちになる。幕が開くと地域や時代を感じさせないシンプルな舞台。光沢のある床に「ELISIR」の文字をかたどった舞台装置がどん!と置かれ、上手と下手の舞台袖から出ている幕(高さ9m!)は3冊の本をかたどり、背にはイタリア語とドイツ語、日本語で「トリスタンとイゾルデ」と書かれている。そう、ストーリーの冒頭、村で唯一字の読めるアディーナが「トリスタンとイゾルデ」をみんなに読み聞かせ、お話の中に登場する”愛の妙薬”がほしい、と合唱が囃す、それが全編を通じての演出のモチーフとなっている。だから歌手たちが上がる山台やプロンプターボックスも本の形だし、大道具スタッフもヨーロッパの図書館員の衣裳と凝りまくり。幕間にはドゥルカマーラのセクシーなアシスタントちゃんが客席で惚れ薬を売り歩く演出も(お札を振ってた人もいたけど、さすがに本当には販売せず。どうせならジュースくらいうればいいのに)。歌手の衣裳はポップでカラフル。全体におもちゃっぽいなと思っていたら、”レンチドール”というイタリアの人形にインスパイアされたデザインだそう。フェルトを使っているので照明を反射せず、カラフルな色が鮮やかに浮かび上がる。ただ、冒頭のアディーナの姿はちょっといただけない。プラチナブロンドでインテリ眼鏡なのだが、どうも白髪のおばあさあんに見えてしまう。村一番の美女のはずなのに...

色気のある役でサイミール・ピルグが見たい!

歌手陣は、なんといってもサイミール・ピルグ!前半、頼りないネモリーノはちょっと彼には合っていなかったけど、偽惚れ薬で酔っ払ったあたりから俄然ノリがよくなったように思う。パヴァロッティに教えを受け、アバドに抜擢されて世界の舞台に躍り出たアルメニア出身のリリック・テノール。「人知れぬ涙」はお見事でした。声も素敵だけどビジュアルもいいので、もっと色気のある役で彼を見たかった、というのが本音。「ホフマン物語」のディミトリー・コルチャックと入れ替えだったらよかったな。来シーズンの新国立では「ウェルテル」にキャスティングされていて、そちらはきっと似合うと思う(相手役が藤村実穂子さん。。。だいぶ大人ですね)。アディーナのルクレツィア・ドレイも高音がきれいでメリハリのある歌唱。ドゥルカマーラのレナート・ジローラミも達者で安定感。

以前、バイエルン国立歌劇場ダヴィット・ベッシュ演出のものを観たことがあるが、SFな演出が面白かった。戦争で荒廃した地球にドゥルカマーラが宇宙船で降り立つ、という、マッドマックス的な設定。識字率が低いのも説得力があったと思う。ビジュアルだけでなく、世界観のある演出のほうに、どうしても惹かれてしまうのです。

 

OM-2「ハムレットマシーン」

2018/3/22木 19:30開演 日暮里SUNNY HALL

作:ハイナー・ミュラー

構成・演出:真壁茂夫

映像:兼古昭彦/町山葵

舞台監督:田中新一

舞台美術原案:若松久男

出演

マシーン1:田村亮太、マシーン2:畠山佳乃、ハムレットだった男1:ポチ、オフィーリア1:柴崎直子、ハムレトだった男2:佐々木敦、ホレイショー:金原知輝、暴動:笠松環、坂口奈々、相良ゆみ、髙橋あきら、高松章子、田中ぽっぽ、丹澤美緒、ふくおかかつひこ、山口ゆりあ、他、オフィーリア2(エレクトラ):鈴木瑛貴

100kgを超える俳優、佐々木敦の圧倒的存在感。吠える孤独、狂気...東京・大阪・ドイツ・ポーランド・韓国などの上演を経て、今再び東京へ上陸する!!!--と、HPのあおり文句。佐々木さんは以前、d-倉庫「異端×異端」での川村美紀子との二本立て公演で彼を初めて観た際、凄まじいまでの存在感に驚き、ある種怖いもの見たさでぎりぎりにチケットを購入。

日暮里SUNNY HALLを訪れたのは初めて。駅前のホテルの4階にあり、最大500名入るらしいのでそれなりの広さ。その座席をすべて取り払い、360度円形に2列新たに座席を配し、その外側に鉄骨でやぐらを組んで桟敷席を。サーカス小屋のような空間がそこにできていた。座席に囲まれたフロアの真ん中に巨大な白いボードがつり下げられ、入り口側からは向こう側が見えない。入り口側にウエディングドレスと白い椅子が置かれていたので、なんとなくこっちが正面かなと、桟敷席に陣取る(1列目だと刺激が強すぎるように思ったので)。しばらくすると「本日の公演は終了しました」のアナウンス。1列目に座っていた女性が2人、ぱらぱらと拍手をし、席を立って出て行く(その2人は出演者だったと思う)。演劇を解体するっていうこと?

やがて、私が観ている側には赤いドレスのオフィーリア1、こちらからは見えない側にはハムレットだった男1が現れ、ふたりはスマートフォンで会話を始める。「何してるの?」・・・「実は俺、ハムレットだったんだ」・・・「私はオフィーリアってわけ?」・・・当たり前の会話を交わす若い男女。フロアを取り巻く座席の背後にある通路(ちょうど桟敷席の下)で、ヘルメットを被った男が淡々と自転車(ロードバイク)を走らせる。白いボードはスクリーンとなり、ローレンス・オリヴィエ主演の映画「ハムレット」が映し出される。男は父の葬式の最中といいつつ、何か破壊的なことをしている様子(見えないので)、女がハンディカメラで周囲と自分を撮っているライブ映像が「ハムレット」の途中に割って入る。女はやがてカメラ口にくわえ、スクリーンには口中~食道が大写しに(このまま吐かれたりすると本当にイヤだなあ、と思ってみていたら、さすがにそこまではやりませんでした)。女は床に置かれたウエディングドレスに着替え、自殺をほのめかすようにナイフをもてあそぶ。仕切りのボードが動き始め、角度を変えながらじわじわと上がっていく。やがてボードは、鉄骨やライトが剥き出しになった天井を覆うように完全に水平となる。そこでようやく、フロアすべてが見渡せるように。

アングラ。だけど美しい舞台

男と女が退場したフロアに、テレビや冷蔵庫が運び込まれ、Tシャツと半パン姿の佐々木敦さんが登場。周囲を眺めたり、冷蔵庫からコーラを取り出して飲んだり、ポテトチップスの袋を手にしてテレビを見始めたり。。。静寂の中に、ポテチの袋を押しつぶすちりちりという音が響く。なぜかその音が、背筋が凍るほど怖ろしかった。床にこぼれたポテチのかけら。かけはじめた掃除機を放置し、彼はおもむろにバットを手に取り、鼻歌交じりに素振りをはじめる。彼の破壊的なパフォーマンスを目の当たりにしたことがあるので、来るゾ来るゾと身構えていると、渾身の力で机に叩きつけた!テレビを、冷蔵庫をなぎ倒し、荒れ狂う。大きな音にとても弱いので、予測してはいてもいちいちびくついてしまう。

一方、掃除機の排気により、床にわだかまっていたビニールが膨らみ始め、やがて2メートル四方くらいの透明な部屋ができあがった。佐々木さんはその中に潜り込み、中に置かれた赤ドレスを身に纏い、顔を白く塗りたくり、「ハムレットマシーン」の台詞を叫び始める。フロアに乱入、暴れ回る黒ずくめの人たち。銃撃音がし、彼らは斃れる。佐々木さんは消化器を股に挟み、噴射。暴れまくってビニールをはい出てきた彼の上に、自身のポートレートが雨のように降り注ぐ。土砂降りのように過剰な量で、しかも延々と。

佐々木さんが退場、「アメイジング・グレース」が流れ始める。黒ずくめの俳優やスタッフたちがキャンドルを手に出てきて、フロアに置いて去る。鎮魂の儀式のように。女(オフィーリア2。配役表にはエレクトラとも書かれている)がバケツを手に登場。中から何か取りだし、食べ始める。バケツに頭を突っ込んでは苦しそうに顔を上げる。水に拒まれたオフィーリアは溺死できない。バケツを持ち上げ水を飲んでは吐き出し、最後には頭から被って、呆然と立ち尽くす。愛する父を殺した母に復讐を誓うエレクトラは、ハムレットの鏡像。横たわっていた俳優たちが立ち上がってフロアを去り、公演の終了を告げるアナウンスが流れ観客が帰りはじめても、オフィーリアひとり、ただ荒れ放題のフロアを彷徨い続ける。

突然の轟音、生理的な嫌悪感をあおる演出もあったけれど、それを超えて残虐な美が感じられる舞台経験だった。

 

ボリショイ・バレエinシネマ「ロミオとジュリエット」

2018/02/28 19:15上映 TOHOシネマズ府中

音楽:セルゲイ・プロコフィエフ

振付:アレクセイ・ラトマンスキー

原作:ウィリアム・シェイクスピア

出演

ジュリエット:エカテリーナ・クリサノワ

ロミオ:ウラディスラフ・ラントラートフ

マキューシオ:イゴール・ツヴィルコ

ベンヴォーリオ:ドミトリー・ドロコフ

ティボルト:ヴィタリー・ビクティミロフ

2018年1月収録 上映時間184分

ラトマンスキーによる改訂版は今季の新作。相変わらず鬼難しい複雑なパが、素晴らしい身体能力のボリショイダンサーたちによって繰り広げられる。

冒頭、暗く落とされた照明の中、舞台装置が浮き上がってくるのがかっこいい。不安感をそそるセットはシュールレアリスムの画家ジョルジュ・デ・キリコ、ブルーやピンクが美しい衣装は初期ルネサンスの画家ピエロ・デラ・フランチェスカの絵からインスパイアされているそう。スタイリッシュでかっこいいステージなのだが、ラトマンスキーの振付はとにかくパが入り組みすぎていて、伸びやかな体の線を見せる”ため”がないのが、うーん、ちょっとなあ。。。パドドゥも超絶難しいのだが、慌ただしくて見ていて楽しめない。でも、彼の振付の「パリの炎」も、ナマの舞台は本当に面白かったので、これもナマで見てみたい。次回のボリショイ来日公演に持ってきてくれることを期待!

ダンサーにはあまり思い入れがないのだが、クリサノワはやはり美しくテクニックも確か。ラントラートフはだいぶお兄さんになっているけれど、ロミオを若々しく演じていた。ツヴィルコのマキューシオもよかったが、乱闘後の死のシーンは意外とあっさりなので、見せ場が少なくてちょっとかわいそう。

シネマのひとつの楽しみは幕間のトーク。今回は一瞬マリーヤ・アレクサンドロワが現れ、ラントラートフに親愛のキス。また、プロコフィエフの作曲当時のエピソードを。当初はハッピーエンドにしていたが、批判が多くて原作どおりの悲劇に戻したそう。マクミランが大好きな死体と踊るシーンも、当初はナシ。その理由は「死体は踊らない」から。面白すぎるー。

 

新国立オペラ「ホフマン物語」

2018/03/10土 14:00開演 新国立劇場オペラパレス

作曲:ジャック・オッフェンバック

指揮:セバスティアン・ルラン

演出・美術・照明:フィリップ・アルロー

振付:上田遥

出演

ホフマン:ディミトリー・コルチャック

ニクラウス/ミューズ:レナ・ベルキナ

オランピア:安井陽子、アントニア:砂川涼子、ジュリエッタ:横山恵子

リンドルフ/コッペリウス/ミラクル/ダベルトゥット:トマス・コニエチュニー

アンドレ/コシェニーユ/フランツ/ピティキナッチョ:青地英幸

ルーテス/クレスペル:大久保光哉

ヘルマン:安藤玄人、ナタナエル:所谷直生、スパランツァーニ:晴雅彦、シュレーミル:森口賢二

アントニアの母の声/ステッラ:谷口睦美 ほか

合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽東京フィルハーモニー交響楽団

全5幕<フランス語上演/字幕付> 上演時間3時間40分(休憩2回含む)

アルローによるスタイリッシュな舞台。新国立では2003、2005年と、この演出で上演。今回が3回目となる。

冒頭、酒の精の合唱では、暗闇の中横たわったダンサーたちの、蛍光色の手袋と靴下が浮かび上がって動くのが面白い。全幕通してモブシーンではダンサーたちが大活躍。カンカンダンスなどダンサーとしてはもちろん、酒場のウエイターに、アントニアの葬式の参列者に、娼館の客にと、ダンサーならではの決めポーズで舞台を引き締めていた。クレジットによると、キミホ・ハルバートさんは振付助手としても参加。

1幕<プロローグ>から2幕<オランピア>への転換は回り舞台をうまく使い、酒場、劇場前、パーティ会場とその外と様々なシーンに。3幕<アントニア>では天井から大きな箱を舞台の上に被さるように配し、その中にヴァイオリンなど弦楽器を無数に吊して音楽家を表現。アントニアの死を悼む葬列が舞台下手奥より出てくるのだが、先頭にいたのはキミホさんだった。4幕<ジュリエッタ>では大階段を据え、その奥、上手側に巨大なゴンドラを。モブシーンでは思い切って大人数を舞台に上げ、盛り上げる。蛍光色をポイントに使った独特な色使いが印象的な舞台だった。

ホフマンのディミトリー・コルチャックは、1幕~3幕は抑えめだったが、4幕のジュリエッタとのやりとり後の「ああ、僕の魂は」で驚くほどパッショネイトな歌唱を聴かせてくれた。でも、好青年のせいか、冒頭のやさぐれたホフマンはちょっと似合わなかったような。2年前の「ウェルテル」の恋に苦しむ真摯な青年の印象が強すぎたかな。

ニクラウス/ミューズのレナ・ベルキナは、それなりに上手なのだが、かなりガタイがよく、ニクラウスにはちょっと辛かったかも。この役、初演はエリーナ・ガランチャだったんですね。それは見てみたかった。

ホフマンが恋する3人の女性で、目を瞠らせられたのはオランピアの安井陽子さん。可憐なコロラトゥーラ。自動人形という難しい役柄で、ねじが切れそうになり歌が途切れ途切れになるなど難しい「人形の歌」をみごとなコントロールでこなす。ホフマンとの美しい二重唱のあるアントニアは、3人の中ではプリマ格の役柄だと思うのだが、砂川さんはもともとの声質が美しく魅力的。だが、私が聴いた日はフレーズの最後の処理がちょっとぶっきらぼうに感じられて残念。ジュリエッタの横山さんは低音が素敵で、そして何より、この演出のジュリエッタは黒い眼帯をしているのがセクシー!

しかし、この公演の主役はコニエチュニー! 世界有数のワーグナー・バスバリトンの彼を、ちょっと軽めのこのオペラで聴くなんて、贅沢というか、ちょっと無駄遣いというか。。。いかにも悪徳政治家なリンドルフ、マッドなレンズ職人コッペリウス、妖術を使う医師ミラクル博士、魔力を使うダペルトゥット船長-主人公を陥れるという意味では、役の性根はメフィストフェレスなのだが-どれもらくらくと、楽しそうに演じ分けていた。カーテンコールでもお茶目で、本当にいい人らしい。

あと、オケがもう少し洒落ていたらなあ。せっかくのフレンチオペラなのに、鮮やかな色彩感やエスプリのようなものが感じられなかったのが残念。。。

東京春祭 歌曲シリーズ vol.23 クラウス・フロリアン・フォークト (テノール) I

2018/3/26月 19:00開演 東京文化会館 小ホール

東京春祭 歌曲シリーズ vol.23
クラウス・フロリアン・フォークト (テノール) I


テノール:クラウス・フロリアン・フォークト
ピアノ:ルパート・バーレイ
※ 当初、出演予定だったピアノのイェンドリック・シュプリンガーは、右手負傷により降板。フォークトの推薦によりルパート・バーレイがハンブルクより急遽来日。

ハイドン
 すこぶる平凡な話
 満足
 どんな冷たい美人でも
 人生は夢
 乙女の問いへの答え
 小さな家
ブラームス
 目覚めよ、美しい恋人
 昔の恋 op.72-1 
 谷の底では
 月が明るく輝こうとしないなら
 甲斐なきセレナーデ op.84-4
マーラー:《さすらう若人の歌
 第1曲 彼女の婚礼の日は
 第2曲 朝の野辺を歩けば
 第3曲 私は燃えるような短剣をもって
 第4曲 二つの青い目が
R. シュトラウス
 ひそかな誘い op.27-3 
 憩え、わが心 op.27-1 
 献呈 op.10-1 
 明日には! op.27-4
 ツェチーリエ op.27-2

アンコール

R.シュトラウス セレナーデ

ブラームス 日曜の朝

ローエングリンタンホイザーワルキューレワーグナー・オペラでは何度か聴いているが、フォークトの歌曲を聴くのは実は今回がはじめて。2夜にわたるリサイタルの第1夜は「愛」をテーマにしたリーダーアーベント集。もちろん完売。ホールはフォークトファンの女性でいっぱい。

フォークトさんの歌声は本当に独特。澄んでいるのに強靱。まっすぐに音の伸びる軌跡が見えるような気がする。発音も明快で、ドイツ語がわからない私でさえ単語が聞き取れ、なんとなく意味がわかるような気になってしまう。聖なる白鳥の騎士ローエングリンがはまり役だった彼も、昨年聴いたバイエルン歌劇場「タンホイザー」タイトルロール、NHK音楽祭「ワルキューレ」ジークムント、いずれもみごとに歌いこなし、歌の表現力はもちろん、オペラ歌手としての演技力も着実にレベルアップ。今回の歌曲でも、その演技力が発揮され、彼の表情やちょっとした身振りを見ているだけで楽しかった。

最初はハイドンで喉ならし(?)。なかなか聴く機会のないハイドンの歌曲。無理のない音運び、ピアノも素朴で美しい。フォークトさんも軽やかに歌っていた。ブラームスではオペラ歌手としてのドラマ性が顔を出し、「甲斐なきセレナーデ」では家に入れてと口説く男とそれをいなす女の子の、コミカルなやりとりが表情豊かで、思わず吹き出しそうになるくらい。掛け合いのテンポのよさは、フォークトさんのリズムの取り方によるところ大なのかも。

後半はマーラーさすらう若人の歌」から。恋しい女性が他に嫁いでいく悲しみ、それでも焦がれる激情、そしてラスト、彼女と、そしてこの世界そのものに別れを告げる。フォークトさん、のっけからドラマティックで、声量も最高レベル。波動が体に伝わってくるくらいの強さ。でも、荒れない。弱音からフォルテッシモまで、みごとにコントロールされていた。

アンコール前では英語で挨拶。最後に、この公演のためだけに急遽ハンブルクから来てくれたバーレイさんへの謝辞を。フォークトさん、本当にいい人なんですね。

宝塚花組 ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』

2018/3/24土 15:30開演 東京宝塚劇場

原作:萩尾望都ポーの一族」(小学館フラワーコミックス)
脚本・演出:小池修一郎

作曲:太田健

振付:若央りさ、桜木涼介、KAORIalive、篠懸三由岐

装置:大橋康弘

衣装:有村淳

出演

エドガー・ポーツネル:明日海りお、シーラ・ポーツネル男爵夫人:仙名彩世、アラン・トワイライト:柚香光、フランク・ポーツネル男爵:瀬戸かずや、メリーベル:華優希、ジャン・クリフォード:鳳月杏、ジェイン:桜咲彩花、大老ポー:一樹千尋、老ハンナ:高翔みず希、ブラヴァツキー:芽吹幸奈、バイク・ブラウン4世/バイク・ブラウン:水美舞斗、ほか

原作マンガが好きすぎて、最後まで観にいくかどうか迷い続けた。私にとってはもう聖典なので。。。でも、行ってよかった! みりおちゃんのエドガーは本当に美しく、ときに怖ろしく、でも哀れ。苦悩する美少年を演じさせたら天下一品と聞いていたが、本当にその通りだった。

1972年「別冊少女コミック」に第1作が発表されて以来、それまでの少女マンガの枠を超え、幅広い読者層に支持されてきた、萩尾望都の「ポーの一族」。永遠に年を取らず、人のエナジー(生気)を吸い取ることで生き続けるバンパネラポーの一族”。その一族の一員となってしまった少年エドガーは、妹メリーベルやアランを仲間に加え、時を超えて彷徨い続ける。短編、中編でさまざまなエピソードを描き、全体で200年を超える時を生き続けるエドガーの人生(?)をたどれるようになっている。この作品をミュージカル化したいと夢見て宝塚歌劇団に入団した小池修一郎さんが、1985年、ホテルのカフェで偶然居合わせた萩尾望都さんに「いつか舞台化させて欲しい」と申し出て以来30年余り、ようやく上演されることとなった。その間、舞台化を持ち込まれることが何回もあったが、望都さんは「既にお約束があるので」と断り続けたそう。

原作は時系列では発表されておらず、時代も国もあちこちに飛んでいるので、舞台版はコミックスの1、2巻分を時系列に組み直している。エドガーとメリーベルの兄妹がバンパネラポーの一族”に加わり、ポーツネル男爵と妻のシーラとの疑似家族をつくる。その疑似家族の崩壊と、旅の伴侶としてアランを一族に加えるまでが語られる。エドガーたちの足跡を追う現代(といっても、1960年代後半~70年代という設定か)のジャーナリストたちに諸設定を語らせて、原作を読んだことのない人でもストーリーを追えるようにしている。また、彼らがバンパネラであると暴くために、オカルティストとして世界史に名を残すブラヴァツキー夫人を登場させるなど、舞台版ならではの工夫も(これ、原作には出てきません)。

なぜか涙が止まらず。。。

冒頭、4歳のエドガーと生まれたばかりのメリーベルが森に捨てられるシーンから、もう、涙。成長したエドガーがメリーベルに水車をつくってやるシーンでも、涙(この伏線、拾って欲しかったなあ)。バンパネラへと変化したエドガーが、他家の養女となっているメリーベルに別れを告げ、「連れて行って!」とすがられるシーンでも涙。前半はいちいちマンガを思いだし、あの絵柄、あの科白がまざまざと浮かんできて、泣けてしまう。 これほど原作が好きだったんだと再認識させられた。印象的だったのは、バンパネラへの変化が遅くなかなか目覚めないエドガーを連れ、ポーツネル伯爵とシーラが馬車で移動するシーン。映像を上手く使い、田舎町からロンドンへの旅が映画のように表現されていた。最後、エドガーがアランを仲間に加えるシーンでは、執事によるあの名科白、「風につれて いかれた・・・?」がなかったのが残念。

明日海りおのエドガーは、いま彼女以外にこの役を演じられる人はいない!と確信させられる圧倒的な美しさ。みりおちゃん、もともと声もよかったが、本当に歌が上手くなった! 低音が心地よく響く。シーラ・ポーツネル男爵夫人の仙名彩世、歌が上手い人だとは思っていたが、演技も上手い。今回は純真で無邪気な人間のころのシーラと、バンパネラになってからの臈長けたシーラをまったく別人のように演じ分けていた。メリーベルの華優希も可憐。アランの柚香光の美少年ぶりも秀逸。でも、いい子ちゃんぶりっこのアランは、れいちゃんにとってはちょっと物足りなかったのかも? ラストのレビューで弾けて、ワルい感じで踊っているほうが素敵でした。

逆に辛かったのが、大老ポー。専科の一樹千尋をしても、何百年と生きているバンパネラの総帥とは見えなかった。花組組長・高翔みず希の老ハンナは、きりっとしていい感じのおばあさまだったのだが。瀬戸かずやのフランク・ポーツネル男爵は、ちょっと線が細すぎ? 鳳月杏のジャン・クリフォードも、もっと女たらしでよかったのに。。。

老ハンナがエドガーを一族の長にと考えてた、とか、エドガーが疑似家族に抱いている思いとか、個人的には小池さんの解釈に??な部分もあったけれど、でも、こんなに面白いなら、あと3回くらい観たかった。DVDの購入を真剣に検討しています。どうせなら、苦悩する美少年の白眉といわれる「春の雪」も買っちゃおうかな。。。